第81回 山本明代さんインタビュー『第二次世界大戦期東中欧の強制移動のメカニズム』

刀水書房 2024年



今回は2024年に刀水書房より出版された『第二次世界大戦期東中欧の強制移動のメカニズム』の著者である山本明代さんにお話を伺いました。インタビュアーは鶴見太郎さんです。

【著作概要】本書は、第二次世界大戦期の東中欧で起こった複数の強制移動はいかなる政治的・経済的・社会的要因によって構成・実行され、社会的な影響を与えたのか、その強制移動のメカニズムを解明することを目的とした。そして、この強制移動のメカニズムに帝国主義の統治技法がいかに活用され、この時期の東中欧諸国が目指した国民国家形成に向けて作用し、移動を強いられた人びとがこの事態にいかに対応し、共同体の維持と再建を試みたのか、歴史認識や記憶をめぐる課題や歴史叙述の変容に関連付けて考察した。具体的には、ユダヤ人の強制移送、ソ連への強制連行と強制労働、チェコへの強制連行と強制労働、セーケイ人の移住と難民化、ドイツ系住民の追放、チェコスロヴァキアとハンガリー間の住民交換、実際には実行されなかったルーマニアとハンガリー間の住民交換構想の各事例を取り上げ、これらに関する強制移動の記憶と歴史認識、歴史叙述の変容について考察した。
複数の強制移動の諸事例の分析から、強制移動のメカニズムには、帝国主義的な統治手法である土地の獲得と利用、そのために必要な無権利状態の奴隷労働力の確保とそれを使って戦後の開発と経済発展を目指す諸国家の意図が存在したことが明らかになった。他方、被追放者・被連行者たちは、逃亡や指定された移住先からの再移動を行い、元のローカルな結合、教区などの共同体の紐帯を駆使し、時には民族的アイデンティティを転換して生存のための抵抗を試みた。そして、第二次世界大戦期に東中欧で起こった強制移動の後に個人と地域の負の記憶の痛みは長期にわたって続いたが、語られることがなかった連行と追放の歴史認識を社会が共有するために、歴史研究者のみならず、被追放者、在野の歴史家などを含む市民の広範な試みが必要であった。この強制移動をめぐるパブリック・ヒストリー形成の試みは現在も進行中であり、強制移動の出来事とその解釈をめぐって論争や対立、課題が残されている。


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【ゲスト:山本明代 プロフィール】

静岡県生まれ。2001年千葉大学大学院社会文化科学研究科博士後期課程修了(学術博士)、現在、名古屋市立大学大学院人間文化研究科教授。専門は、西洋史、東欧とアメリカの社会史、移民史、強制移動の歴史。主な著書は『大西洋を越えるハンガリー王国移民〜アメリカにおけるネットワークと共同体の形成』(彩流社、2013年)、『移動がつくる東中欧・バルカン史』(共編書、刀水書房、2017年)、「ハンガリー王国からアメリカ合衆国への移民女性とジェンダー関係の再編」北村暁夫・田中ひかる編『近代ヨーロッパと人の移動』(山川出版社、2020年)、「1956年のハンガリー革命後の難民学生による社会運動」田中ひかる編『社会運動のグローバルな拡散〜創造・実践される思想と運動』(論創社、2023年)


【インタビュアー:鶴見太郎 プロフィール】

1982年岐阜県神岡町(現飛騨市)生まれ。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻准教授・博士(学術)。専門は、歴史社会学、ロシア・ユダヤ人、イスラエル/パレスチナ、エスニシティ・ナショナリズム。主な著書は『ロシア・シオニズムの想像力〜ユダヤ人・帝国・パレスチナ』(東京大学出版会、2012年)、『イスラエルの起源〜ロシア・ユダヤ人がつくった国』(講談社、2020年)、From Europe’s East to the Middle East: Israel’s Russian and Polish Lineages(共編著、ペンシルベニア大学出版局、2021年)